しばらくして、俺は電話の音に起こされた。電話の主は、千春の母からだった。
「和喜くん?」
「ええ、そうですけど、どうしました?」
とてもあせっているようである。
「千春が…千春が倒れて病院に運ばれたの!!」
俺は、口から心臓が出るくらいって、どのようなものか実感したように思えるく
らい驚いた。少し寝ぼけていたのも、一気に目が覚めた。
「今何処にいるんですか!!?」
「隣町の総合病院です!!」
俺はすぐに受話器を下ろすと、すごい早さで飛び出した。通りへ出ると、タクシ
ーを捕まえ、総合病院へと向かった。
こういう時に感じる時間の早さはとても長く感じる。なかなか病院に着くことが
出来ない。
「…ちくしょう…。」
握っていた拳に力が入る。
やっと病院に着くと、おつりももらわずにすごい早さで病院に駆け込んだ。
そこには、すごく悲しそうな顔をした千春の母がいた。
「おばさん!千春は…。」
「今、昏睡状態が続いているの…。それで検査を受けているわ…。」
こんなとき、ただ待っていることしか出来ない。それが当たり前なのだが、とて
も悔しい。それから、ずいぶん経った。
検査を終え、検査室から医者が出てきた。
「千春は、千春はどうなんですか!?!!」
医者は肩を上下させてため息を吐き出すと、診察室で話すと言った。
俺は、千春の母と一緒に診察室へと向かった。
「先生、千春は…千春はどんな状態なんですか?」
遅れてきた、千春の父親が言った。
「大島 千春さんは、ちょっと不思議な状態です。」
「と言いますと?」
「大変申し上げにくいのですが…、千春さんはもう死んでいてもおかしくない状
態です。…千春さんの内臓は、ぼろぼろです。」
三人の沈黙の中、医者の言葉だけが進む。
「このような例は、いままでありませんでしたので細かいことはわかりませんが、
精神的苦痛が原因と考えられます―。」
今日の水族館の帰りに、すでに千春の体には無理がきていたのかもしれない…。
いや、もしかしたらもっと前から…。
その後の医者の話では、回復の見込みは少なからずあるということだ。しかし、
少なからずということは…。そんなことを思いながら、診察室を後にした。
その後、千春の病室に行こうとしたら千春の父に止められた。
「和喜君。今日は、はずしてもらえないか…。」
千春の母はすかさず、
「お父さん!!……。」
しかし、千春の父が首を振る姿を見て下を向くと、俺に目を向けてきた。
「ごめんなさい、和喜くん…。」
仕方なく、俺は病院を後にした。外は雪がやんでいて、いつも以上に寒く感じら
れた。アパートに着くころには、もう明るくなり始めていた。朝日が地面の雪に反
射して、とても切なげに見えた。いつもなら、きれいと思えるはずなのに…。
部屋に入って、つけっぱなしだったストーブを消すと、ベッドに倒れこんだ。し
かし、とても眠れるような気持ちじゃなかった。
日が十分に高く上がっていたが、起き上がる気力が出ない。もう、2時になろう
としていた。台所には、千春が昨日作ってくれた夕飯が残っている。あの時、あん
なに元気だったのに…。いったい千春が何か悪いことでもしたというのか?千春が
なんでそんな仕打ちを受けなくてはならないんだ?
そんなやり場のない怒りを抑えられず、壁を殴った。
その後も、なにもする気が起きなく、そっと目を閉じた…。
「和兄!どうして、どっかに行っちゃうの?もう千春と結婚してくれないの?」
―― また、あの夢を見ている―。
引越しを千春に伝えたその日だった、千春は突然そんなことを言い出した。
「千春、俺はどんなことがあっても千春と結婚したい。けれど今は、じいちゃん
ばあちゃんのところに行かなくちゃいけないんだ。」
千春は、泣きながら、
「えぐっ…今度…いつ、ひっく…会えるの?えぐっ…。」
とても悲しそうに、そして不安そうに聞いてきた。
「わからない。けどな千春、俺と千春は何処にいても、どんなに離れていても、
気持ちはひとつだ。だから待っていてくれ!必ず…必ず帰ってくる。そしたら結婚
してくれるか?」
千春は、涙を拭うと、いつの間にか笑顔になり、
「うんっ!!!!」
そう答えてくれた。
「千春と和兄はどんなに離れていても、ずーーーーーっと、一緒だよ!!!」
そして、急に周りを囲んでいたもやが晴れていった。
目が覚めると、もう7時をまわっていた。辛い体を無理やり起こすと、顔を洗っ
た。そしてベッドの前に座った。いまだに何も食べる気がおきない。
しばらく呆然と座っていた。
"ぴりりりりりりっ"
急に電話がなった。
「はい、杉本ですけど。」
電話の主は、千春の父親からだった。
「和喜君!!千春はそっちに行っていないかね?!!」
「いえ、来ていませんけど…、まさか、いなくなったんですか?!!!!」
「そうなんだ、私と母さんが荷物を家に取りに行っている間に、目を覚ましたら
しい。」
その後、探してみますと言って、受話器を下ろすと、一目散に部屋を出た。
通りへ出ると、タクシーを捕まえ、病院へと向かった。
病院には千春の母親がいた。
「おじさんは?」
千春の父の姿が見当たらない。
「今、警察に捜索願を出しに行ってるわ…。」
「千春は、いつごろいなくなったんですか?」
千春の母は少し考えていた。
「よくわからないの、けど、看護婦さんが多分3時間位前と言っていたわ…。」
それだけ聞くと病院を出た。
いったい何処を探せばいいんだ?
俺は何も考えていなかった。3時間あれば雪穂村につけるくらいだ。それくらい
しか思いつかず、ただ、走っているだけだった。
「くそっ、いったい何処に行ったんだ!!!」
ふと思い立ったことがあった。
『ずっと一緒だよ!!』
夢の中に出てきた千春の一言だった。
千春はもしかしたら…。
俺は、雪穂村に急いだ。雪穂村に着くと、隣町から俺の昔住んでいた家までの道
を走った。
時間はわからないが、もう真っ暗だ。走っている道には、すれちがう人なんて一
人もいなかった。
走っていると、だんだん足が重くなるのを感じる。息も上がりっぱなしだ。しか
し、止まるわけにはいかない。
「千春は…千春は何処にいるんだ!」
今は、それだけしか考えられなかった。
前に住んでいた家に着いた。そこは今、誰も住んでいないらしく、廃屋のような
状態だった。月に照らされているその建物がすこし切なく見えた。しばらく見入っ
ていると、雪が降り出した。
しかし、依然として、千春の姿は見当たらない。
その後、吸い込まれるようにその建物に入って行った。
「…ん?」
中に誰か倒れている。暗くて誰かは確認できない。
「…まさか!!!」
俺は倒れているその人物のそばへと急いだ。
「千春っ!!!!」
千春だった。千春は病院の着物しか着ておらず、とても冷たくなっていた。
「千春っ!!目を開けろ!!!」
千春にコートを着せてやると、千春を何度も何度も呼んだ。
「千春!千春!…千春!」
千春が目を開けた。
「か…和…兄…?」
「千春!大丈夫か?寒くないか?」
俺は、千春をぎゅっと抱きしめた。とても冷たかった。
「千春…本当に心配したんだぞ。」
千春は壊れそうな笑顔でこう言った。
「大丈夫。千春と和兄は、どんなに離れていても、ずっとずーーーっと、一緒だ
よ。」
千春は、笑っていた顔から涙をこぼしながら、目を瞑ってしまった。
「千春!千春!!」
呼びかけに答えるかのように千春は、そっと目を開けた。
「…言ったでしょ。千春と和兄は、どんなに離れていても…たとえそれが違う世
界だったとしても…ずっと一緒だって…。」
「違う世界って何処だよ!なんでそんなこと言うんだよ!」
千春の手を握った。千春は何も言わずに目を閉じた。
「…和兄、誓いのキスを…」
俺は、千春の唇に俺の唇をそっと重ねた。
「さあ、これで結婚したぞ!もう何処へも行くな!」
千春は目に涙をためながら、笑っていた。
「だから…千春と…和兄は…ずっと…ずーーーっと……。」
千春の手が俺の手から力なく落ちる。
「千春?千春!!千春ーーーーーー!!!!!」
俺は、千春をこれでもかってほど強く抱きしめると、大声で何度も何度も千春の
名前を叫んでいた…。
千春は目を閉じ、それっきり目を開けることはなかった―。
「杉本さん。杉本 千春さん。今日で退院ですよ。」
そう言って、看護婦さんが子供を抱いて来た。
"ふぎゃーふぎゃー"
「千春とそっくりで元気がいいこと。」
「和兄、それはひどいよぉ。」
「「…はははっ。」」
……………―。